印刷業界とIT技術
洛友会会報 202号


印刷業界とIT技術

木崎 正士(平3年卒)

 日本の印刷業界では規模や売上の面で、筆者が勤務している大日本印刷(以下DNP:Dai Nippon Printing)と凸版印刷(以下凸版)が二大企業となっている。印刷会社というと紙とインキのイメージが強く電気系出身の皆様の多くにはなじみが薄いかもしれないが、現在のIT技術と大手印刷会社はハードの面でもソフトの面でも切っても切り離せないほど密接な関係になっている。
 ハードの面では、DNPと凸版のエレクトロニクス部材の売上は両社とも全事業分野の約2割弱を占めている。原点となったのは、フォトエッチングと呼ばれる印刷会社特有の化学的な精密加工技術で、グラビア印刷で用いるインキを盛るための凹版をつくるために金属などの素材表面に写真製版プロセスを用いて必要な絵柄に耐食膜を形成し部分的に腐食させるものである。この技術の応用で最もポピュラーなものは、カラーテレビなどのブラウン管の中のシャドウマスクであろう。ブラウン管はご存じの通り電子ビームを電子銃から照射して蛍光体を発光させるが、そのビームの的を絞るために用いられているのが数十万個の微細な穴を開けたシャドウマスクと呼ばれる金属板である。1960年のカラーテレビ本放送開始を前に国内でのシャドウマスクの量産が急務となったが、機械加工では不可能な微細加工を実現したのは印刷会社のエッチング技術であった。DNPは、1958年にカラーテレビ用シャドウマスクの試作に日本で初めて成功し、現在この分野で世界トップシェアの約50%を手掛けている。同様のエッチング技術は、半導体チップを配線回路に接続するリードフレームの中でも高精度少量多品種向けのものにも生かされている。
 コンピュータや液晶テレビ、カーナビ、携帯電話などの液晶ディスプレイで用いられているRGBカラーフィルターは、世界シェア第1位の凸版とDNPの2社で世界市場の約8割を占めている。カラーフィルターの製造には感光性レジストを用いる方法やオフセット印刷による方法などがあり、いずれも印刷技術の延長として実現されている。
 シャドーマスクやカラーフィルターからの展開で、大型プロジェクションTV用スクリーン、PDP(Plasma Display Panel)など各種ディスプレイの開発にも取り組んでいる。その最先端と言えるのは、紙のように薄く軽量で丸めて持ち運ぶことができ低消費電力という特徴を持つ、カラー電子ペーパーであろう。凸版は米Eインクと共同で電気泳動型マイクロカプセル方式のフレキシブルディスプレイ、DNPは出光興産と共同でCCM(Color Changing Material、色変換フィルタ)方式の有機ELD(ElectroLuminescenceDisplay)の実用化を目指している。
 フォトマスクは高精細な写真製版技術の応用例である。フォトマスク上に描かれた1ミクロン以下という超微細なIC回路のパターンを半導体メーカーがシリコンウエハーに焼き付けることにより集積回路の大量生産が可能となっているが、大手印刷会社はこのフォトマスクも製造している。DNPは1961年にフォトマスク事業を開始し、現在世界シェアで約25%、国内の約50%を占めるトップメーカーとなっている。大手印刷会社では、さらにフォトマスク上に生成するLSIの回路設計や、スクリーン印刷技術を応用したプリント配線板製造も手掛けている。半導体分野では市場変化への対応のため、国内外大手半導体メーカーとの協業や営業譲渡などの動きが活発化している。先端研究機関や米国ベンチャー企業では、導電性高分子を用いた有機トランジスタの可能性が研究されているが、これは原理的にはスクリーン印刷やインクジェットプリンタで量産可能なため、実用化には大手印刷会社の役割が大きく期待されるであろう。
 大手印刷会社では従来から金券や証券などのセキュリティを要する印刷物を手掛けており、その流れでキャッシュカード、クレジットカード、プリペイドカードなどの磁気カードの製造に進出してきた。その進化形がプラスチック製カードにICチップを埋め込んだICカードである。クレジットカードなどで普及が進みつつある接触型ICカード上のソフトには、OSとアプリケーションが一体化した形でROMに格納されている専用OS(またはNative OS)タイプのものと、アプリケーションの追加・削除が可能なマルチアプリケーションOSタイプのものがあり、DNPが開発している「MULTOS」と「Java Card」の二者はマルチアプリケーションOSの代表的なものとなっている。 非接触型のICタグは、無線で非接触で通信を行い、内部のICメモリー内のデジタル情報のやり取りを通して、物流管理や自動識別を行うデジタルメディアであり、情報の追記、書き換えが自由に出来るなど、バーコードに比べて柔軟性のある利用法が期待されている。大手印刷会社では、量産体制を整えるとともに、より低コスト、高性能の薄型ICタグを開発中である。
 ソフトの面では、大量の文字・画像情報を扱う印刷会社におけるコンピュータ導入の歴史は長い。1970年頃にはCTS(Computerized Typesetting System、電算植字システム)を導入し、1980年代には画像入力とデジタル画像処理、レイアウトを行なうトータルスキャナ、1990年代にはMacintosh DTP(DeskTop Publishing)の導入などを進めてきた。メーカーの製品カタログのような大量の商品情報のデータベースを印刷用に自動レイアウトするシステムを開発し、また自社開発DBシステムの外販も行なっている。デジタル印刷機によるパーソナル情報のバリアブル印刷も展開している。情報を加工し各種メディアへ展開するという観点からマルチメディア分野への進出も早く、CD-ROM制作はもとより、CSやBSデジタル放送の番組制作も守備範囲となっている。インターネットに関しては商用化が始まった1994年頃からホスティング・サービスやWebコンテンツ制作を開始し、現在ではインターネット・データ・センターの運営も手掛けている。凸版の「Bitway」は日本最大級のインターネット・コンテンツ課金流通事業となっている。
 現在、DNPは「P&IソリューションDNP」(PはPrinting Technology、IはInformation Technology)、凸版は「情報コミュニケーション産業」をキーワードに事業展開をはかっている。洛友会の皆様にも、この機会に印刷業界のIT技術への取り組みに関心を持っていただけると幸いである。
                

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