「大人の住む国」
洛友会会報 207号

 

 「大人の住む国」

 成松 洋(昭46年卒)記

 大学卒業後シリコンバレーの会社と日本の会社の合弁で設立された会社に就職して、あっという間に30数年が過ぎた。会報紙上で同窓諸氏の様々な海外体験を拝見し、自分の経験に照らしながら楽しく読ませて頂いている。日本の更なる国際化の必要性が言われる中、私のささやかな経験もこのリストに加えていただき、何かの参考にしてもらえれば幸いである。入社して3年後、その米国親会社の技術部で働きながら同時に大学の電子工学修士課程を履修する機会を得て、梅雨模様の羽田を後にしサンフランシスコ空港に降り立った。知り合いの方が空港まで迎えにきてくれたが、その大きな車にまずビックリし、次に周囲を見渡してみるとどこまでも澄んだ青い空と大地の広がり、走り始めた片側四車線の思いっきり広い高速道路。ああこれがアメリカなのだなあと、何もかもが驚きで今でもハッキリと脳裏に焼き付いている。日本の高度成長が始まった頃であり、まだ1ドルが300円であった。さすがに360円という固定相場ではなくなっていたが。
 しばらくはキャンパス内にある学生寮に住むことができた。予め送っておいた荷物と手荷物の開梱にも大して時間はかからない。一通りの片付けを終え、午後のパロアルトの空気を吸いに出かけた。町をぶらぶら歩いている最中、先ほど以上の驚きが訪れる。向こうから歩いてきた白人男性に話し掛けられた。"Hi. Do you know where a post office is located?" 「エエッ、外人に道を聞くか?」これはカルチャーショック以外の何物でもなかった。たまたま幸いなことに、予め寮のおばさんに郵便局の場所を聞いていて、そこで切手を買ったばかりだった。ビックリしながらも英会話の基本に沿って道案内をすることができた。その後、暫しこのおじさんとの英会話教室となる。
 この初日の経験が、私のアメリカ体験の原点である。人種の坩堝であるカリフォルニアはアメリカではないという方もたくさん居られるが、それはともかく、私はカリフォルニアの人の大らかさが大好きになった。どんな顔をしていても「ガイジン」という概念が無く、同じように扱ってくれる。逆に言えば、お客さんあるいはよそ者扱いをしないということである。勿論、このことによって苦労したことは際限がなかったが。その後、ベトナム戦争の後遺症で難民の方々がたくさんアメリカにこられ、会社の生産現場に配属された方々も少なからずいた。英語も殆ど喋れない。「同じアジアだから言葉が通じるだろう?」と何度か通訳を頼まれたのには閉口。これを、「偏見を持たない」と見るか「天真爛漫で何も考えていない」と見るか、はたまた「ただの無知」と切って捨てるかはお任せするが、予めバイアスを持って人に接するよりはよほど良いことだと思うようになった。
 少し前の会報で、小嶋さんがアメリカの窓口の無愛想について書かれていた。地域の差でもあると思うが、私の場合は逆に、郵便局員、郵便配達、スーパーのレジ係りなどの応対がとても気さくで日本での横柄さと比べれば雲泥の差、という印象がとても強くそれが今に至っている。最近に比べれば当時はまだ日本人が少なくて珍しかったことも手伝い、下手に世間話を始めると延々と続いたりもした。ただ、お互い最初に声を掛けることが気さくな話が始まるきっかけかも知れない。それ以外にも、地理不案内で運転していてもクラクションを鳴らすようなこともなく、すぐに道を譲って入れてくれる、スーパーマーケットなどで体が触れそうになるとすぐに"Excuse me"が出てくるなどなど、今でも30年前に経験したことと変わりがなく殆ど嫌な思いをしたためしがない。もちろんアメリカも暗部を見れば切りが無いが、それでもやはり懐の深い大人の国だなと思うことがしばしばである。
 この外国の人の気質に関連した話題を、同じ会報で安本さんも書いておられる。私も全く同じ感覚を持っている。同時に、彼らのカウンターパートである日本人について、あまりステレオタイプな話にしてもまずいが、私は、主張が弱い(無い!)あるいは主張の仕方(論理の組み立て方と議論の仕方)に全く疎いところがあると感じており、これからの時代、この部分を早急に改善しなければならないと思う。何せこれまでの日本の文化では、「場の空気」が大切で議論をする者は嫌われてきたのだから180度の発想の転換である。外国の人は何かにつけて自己主張をするが、「強い」かどうかは相対的なものなので別にして、(いろいろな文化が交じり合っているので)自分の立場を説明し自分の考えを述べるのが必要であり、さもないとお互いに理解できないのだ、ということだけである。だから、先方の主張に対してこちらも同じように論理的に主張するのがあたりまえであり、何も臆する必要は無いと思えば気も楽になる。そうは言っても、我々は慣れない議論が始まっただけで難癖を付けられた気分になることも多いが、「ただ言ってみただけ」ということも含め、先方には全くその気は無いことも多い。
 しかし、やはり英語でやるとすればハンディはあるし、外国の皆さんは小さいころから議論には慣れているしディベートの授業もあるくらいだから、本当に上手で手ごわいのは事実。ゲームでは先手必勝がしばしばだが、議論を先に仕掛けるのも我々は不得手だから、対応も後手にまわる。これは大きく言えば国益にも絡む。最近の事例でも思い当たることが多いと思うが、日本全体の心構えあるいは一種の教育の問題として認識することも必要なのではないか。
いくつか書いたが、ビジネスや国益といった色々な利害が絡むところでの戦略的なやりとりと、それを離れて人間として尊敬をもって付き合えるかどうかということとは、別の次元のことである。「こんなことを言ったら友達を無くすかな?」と考えるのではなく、ハッキリ言うべきことをお互いの尊敬を込めて誠実に議論し、適切な合意点を見つけることこそ、お互いの大きな信頼を得る決め手だと信じている。
 この30年、日本は驚異的な経済発展を遂げ物質的に随分豊かになったと思うが、果たしてそれに伴って、健全な議論ができ大人としての行動ができるような人が住む国に近づいただろうか?私はアメリカ崇拝者でもないし悲観論者でもないから、日本人も「衣食足りて礼節を知る、そして外に対しても対等な貢献をする」ことができる筈だと思っている。しかし日常的にも、肩がぶつかっても知らぬ顔、車を運転すれば"俺が俺が"の世界、ごみや火のついたタバコをどこでも平気で捨てるような自分しか見えない人が以前より増えているのではないか。また、様々な場面での健全な議論が減ってきている気がするし、対外的にも対等に議論ができるようになりつつあるとは言い難い。まだまだ道のりはあろう。それでも常に自分自身も反省と努力をしながら、他人や地球と共存できる「大人」になることを心掛け、日本を、世界が認める「大人の住む国」に近付けたいものである。

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