使い易いって難しい
洛友会会報 208号


使い易いって難しい

大谷尚毅(昭62年卒)

 最近の電気製品はややこしくなったとか、使いにくくなったと思われたことはないだろうか?次々と出てくる新製品の中に、わざわざ使いにくくしたのだろうかと疑ってしまうような、使い方のヤヤコシイ製品をしばしば目にする。どうしてこんなヤヤコシイ製品を作るんだ?電機メーカーの人間は使い手のことをちっとも分かってないんじゃないかとお感じになったことはないだろうか?
 そういう私、実は電機メーカーに勤務している。だが、研究部門に籍を置き、製品の仕様や使い勝手を考えるといった面からは完全に別世界の住人であったので、私自身、これまでこの漠然とした疑問・不満を抱きつつも過ごしてきてしまった。しかし最近になって、製品の「使い易さ」に関してもっと科学的に考えようという動きがメーカー側に出てきて、直接仕事として関わらない部門の私も他人事では済まなくなってきた。以下少し使い易さについて考えてみるが、直接仕事で担当していない弱みでピントが外れているところもあるかもしれない。しかし変な話だが、そのおかげで守るべき秘密が少なく、このような文章が書けるのである。もとより会社の方針などとは無関係である。
 では「使い易い」製品とはどういうものか?―改めて考えてみると実はこれがナカナカ一筋縄ではいかない世界なのである。簡単なことじゃないか、ヤヤコシイものなど作らずに、シンプルで分かり易い設計にすれば良いではないか、と思われるかもしれない。しかし、なかなか解決の難しい幾つもの問題があるのだ。
 製品の「使い易さ」を表すひとつの指標として、最近よく耳にするユニバーサルデザインという言葉を思い浮かべる方も多いのではないだろうか。ここで素人説明はやめておくが、単にハンディキャップのある人にもより使い易いように色や形・機能などの様々な面から工夫された製品にしよう、というだけのものではない。「良いイメージを持って語られた言葉は拡大解釈され、適用範囲は無限に広がる」というのが私の持論であるが、このユニバーサルデザインという言葉も、好まれ多用されるにつれてしだいにそんな様相を呈してきているように思う。使い易さに対する方向性を示してくれるものの、これが全ての問題を解決してくれるものでは無さそうである。
 さて、「使い易い」製品を作るのがなぜ難しいのか?
 まず一つとして、千差万別な個人環境の全てに対応するように製品を作ろうとするため、どうしても複雑な設計になってしまうことが挙げられる。例えばTVやレコーダーの背面には、実にたくさんの出入力端子が並んでいる。機器の発展過程で様々な種類の端子が現れ、それが今同時に使われているからどんどん複雑になっているのである。DVDの種類は数多く、それが少しずつ皆違うとか、TVではチャンネルが増え、既存のチャンネルとBS、CSがあるとか、さらにハイビジョンとデジタルとアナログがあるといった状況にある。これら説明するのですら難しい環境を、お客様一人一人に合わせて決め細かに設定できるようにしようとすると、その設定のためのインターフェースがどんどん複雑になる。さらにオンライン説明書やヘルプ、説明するキャラクタ等を使って複雑さを解消しようとしても、これが逆に余計ややこしく感じさせてしまうことになったりするのだから困りものだ。こんなにややこしくしてしまったのはメーカーの自業自得という面もあるだろう。
 この問題を解決したとしても、次の問題は非常に本質的なもので難しい。それは「人によって使い易いと感じるものが異なる」という困った事実である。たとえば高齢者に合わせておけば若者でも使えるというような単純な話ではなく、高齢者に使い易いものが若者には使いづらかったりするのである。また、世代差だけでなく、どうやら個々人の事情でかなり変わってしまうようなのだ。これはかなり困ったことで、どんなに頑張っても皆を納得させることは出来ないということになってしまうのだ。そしてこれは、設計者自身が使い易いと考えるものを作ればそれで良いとは言えないということにも繋がる。だいたい、自分自身が使い易いと思えない製品を設計することなど出来るのだろうか?それでもまだ国内向けなら身内や知人等を頼りに感覚を掴めても、海外向けの製品となると…。
 これは一つの案だが、ファッションの世界と同様、使い易さの感覚世界においてもカリスマ性の有るデザイナーが出て「これが使い易いデザインだ」と強烈に主張し、そのブランドの威力で皆に認めさせるという方向での解決というのもあるかもしれない。
 そして最後の難敵は、言わずと知れたコストである。
 何かを改善しようとすると多かれ少なかれコストがかかる。しかし最近価格は総じて安く、コストをかけ難い。「使い易いより店頭価格が安いほうが製品は売れる」、「結局お客様は使い易さに対して文句は言うが、対価を払ってはくれない」のだと言われると設計者のほうもそんな気がして、コストのかかる改善案は取り下げてしまうことになる。先述した「使い易さ」の個人差の問題も、いろいろな製品タイプからお客様の好みで選んでいただくとか、きめ細かな設定変更が出来るように作るといった方法である程度の解決が出来ると思うのだが、これはかなりのコストアップを招くことになる。なかなか踏み切れないところだ。
 作り手側の勝手な思いを言わせてもらえれば、使い易さに対してもう少しコストをかけさせて欲しいと思う。それはつまり、皆さんがもう少し使い易さに関心を持って製品を選び、少々高くてもその使い易さに見合っていれば買っていただきたいのである。実際の使い易さは店頭で少し触れただけでは分かり難いかもしれないから、様々な情報を活用して本当に使い易く良いものを選んでいただきたい。結局それが電気製品を使い易くする確実な方法である。

 

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