会員寄稿(1)
洛友会会報 222号


ETロボコン開催顛末記

曽我正和 (昭33年卒・東北支部)


 私は昭和33年に学部、35年に修士を卒業して以来36年間三菱電機に在職し、その後3年間静岡大学で教鞭をとったあと、さらに10年間72歳になった現在も岩手県立大学で特任教授として老骨ながらも元気に働いております。郷里は大学膝元の京都市内なのですが、スキーが趣味なので、あえてこの地に居座っている次第です。企業にいた間はもっぱらコンピュータ本体あるいは大規模制御システムの開発をやってきましたが、教職についてからは、コンピュータアーキテクチャ、デジタル回路、ファームウェア、といった授業を担当してきました。最近は地域活動の一環として、組込みソフトウェア技術の向上や交流を促進する業界団体活動にも関与しています。
 昨年パシフィコ横浜で開催された組込み技術展示会「ET2007」に私の研究室で開発を進めている「枝打ちロボット」を出展していたところ、展示会の実行委員長(NEC門田氏)がやってきて、「来年のETロボコン北海道・東北地区大会を岩手県立大学で開催してくれませんか?」という話。この地区から出展していた大学が1校だったので、候補地にされた模様です。ちなみに東京はすでに6回、関西、東海も数回の開催実績がありますが、北海道・東北および九州は、2008年が初の開催となるとのことでした。
 ETロボコンとは、全出場者が同じ仕様の自律走行型の市販の高級玩具ロボットカーを使って行うカーレースです。これに対してNHKがときどき放送している高専ロボコンは、ロボット機体を自由に制作し、手元のリモコンで操作するスタイルのロボコンです。ETロボコンでは、デンマークのLEGO社のブロック組立て式の機種を年度ごとに選定して使用します。赤外線LEDとセンサおよび8ビットマイコンを搭載しており、マイコン上のプログラムで走行床面の白黒の反射度を検知して機体の走行方向と走行速度を制御できます。レーストラックとしては、畳12畳の大きさのシートに全国で統一したトラックパタンがプリントされています。センサが左右にモニタリングしつつ直下の黒と白を識別し、黒なら右へ、白なら左へ、とプログラムしておけば、黒トラックの右側のエッジに沿って走ります。全出場者が同じハードウェアを使用するので、勝負はプログラム技術によってきまります。また3万円程度で市販されているため、だれでも比較的少ない費用負担で参加できます。
 ETロボコンを主催しているのは、(社)日本組込みシステム技術協会(Japan Embedded System Technology Association, JASA)(経産省の外郭団体)です。目的はズバリ組込み技術者の卵の育成です。組込みソフトウェア技術者は日本全体では約20万人いますが、まだ10万人が不足している、との調査結果がでています。「クルマは700万行で動いている」と言われます。小さな携帯電話の中にもそれ以上の組込みソフトが入っています。自動車、携帯電話以外にも各種の通信機器、家電、事務機器、医療機器、工作機械、電車、船舶、航空機、等々いずれもマイコン上の組込みソフトのおかげできめ細かい制御動作を実現しています。これらの製品はいずれも日本の産業の柱となっているわけで、それを支えている組込みソフトウェアは、日本の産業の基盤技術のひとつになっています。経産省が不足している組込みソフト技術者の育成を重要戦略と位置づけているのはもっともです。
 さて、岩手県立大学が第1回の北海道・東北地区大会の会場になることが正式に決まり、私がその実行委員長を承ることとなりました。私の他に、教員2名、事務員2名、大学院院生1名の総勢6名のチームを作りました。全部同じ学内で私の近辺に居る人たちで、他の地区に比べると圧倒的に少ない人数であり、結束力と柔軟な対応力で勝負するしか仕方ない状況でした。
 ひとつ心配な点は、デザインコンテストの評価力でした。ETロボコンでは、走行タイムレースがひとつの柱ですが、もうひとつの柱として、ソフトウェアのモデリングデザイン力が評価対象となっています。モデル言語は、UML(Unified Modeling Language)が推奨されており、UMLの普及もまたETロボコンのひとつの狙いとなっています。これはタイムレースと異なり、評価者の主観が入る余地があります。UMLは日本ではまだ普及しているとは言い難く、大学でも授業の片隅にはあるものの、正直、実用している状況とは言えません。そこで東京本部へUML評価のベテランの来援を依頼しました。
 2月末の参加募集説明会に始まり、8月末の大会当日までちょうど6ヶ月の間に、UML技術教育3回、試走会4回、をやって参加チームのレベルアップを図りました。これらは先輩地区の経験にならったものですが、回数は独自に増やしています。特に試走会は盛岡の一企業の協力で2回をこなしています。このあたりに、地区としての意欲のようなものを感じます。参加チームは、28チームがエントリーしましたが、途中で2チームが辞退し、26チームの戦いになりました。内訳は、企業10、大学8、高専3、短大2、高校1、個人2、でした。
 競技会当日8月31日(日)は東北北部も朝から熱い日でした。10;30の開会式の前に、会場を8;00からオープンしたところ全チームが詰め掛けて直前の調整に余念がありませんでした。マスコミ取材は民放テレビ2局、新聞6社、が来ました。ユニークな点は、学内の一研究室がインターネットを使って全世界へライブ放送したことです。ただし事前の宣伝不足もあり、アクセスはピーク時で72アクセスとのことでした。タイム計測やゲート通過判定など競技審判、来客誘導、などに意識的に多数の女子アルバイト学生をそろえて、会場の雰囲気を華やかにしました。レースごとのチーム紹介やら選手インタビューのアナウンス、あるいは表彰状の名前入れなど、それぞれ経験豊かな女子学生が活躍してくれて、実行委員長の老齢を吹っ飛ばしてくれました。
 レースでは難所のループにはまり込んで永久ループするチームが出ると笑いを誘い、ループに挑戦してワンループでうまく脱出するチームが出ると拍手が沸き起こり、終始賑やかに進行しました。モデルデザイン、タイムレース、両方を含めた総合優勝と準優勝はともに企業チームでした。やはり製品開発で磨かれている実力でしょう。3位にかろうじて若手教員が入っている大学チームが滑り込みました。岩手県立大チームは、学生3チームが出場しましたが、いずれも中位〜下位に終りました。言い訳ですが、大会に関与している委員は、選手にアドバイスすることは禁止されており、またそれらの委員の研究室の学生のチームなので、学生オンリーの力が露呈しました。私の見るところでは、やはり不具合行動を起こす原因の分析(センサのばらつきなども含めて)とその予防方法および不具合からの回復方法など、制御のロバストネスに関係する部分が弱かったと思います。上位3チームプラス特別推薦1チームが11月のパシフィコ横浜でのET2008の会場の一角で開催される全国大会へ出場します。
 来年の開催担当は未定ですが、もし又我々岩手県立大が担当するとなれば、こんどは盛岡駅前の立地の良い場所で、多数の小学生や中学生にも見てもらえる大会にしたいものと考えています。そして、子供たちの「理科離れ」を少しでも防ぐ一助になれば幸甚です。

 写真は競技前の練習風景です。競技中の撮影は、フラッシュやオートフォーカス用の赤外線がロボットカーセンサに悪影響を与えるため、競技風景の写真はありません。

 

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