巻頭言

洛友会会報 223号


読書で力をつけよう

洛友会会長 
長尾 真(昭34年卒)


  新年明けましておめでとうございます。洛友会の皆様におかれましては、今年も良い年をお過しになりますようお祈り申し上げます。

 さて、昨年はいろいろと暗いニュースが多かった中で、ノーベル物理学賞に京都大学名誉教授の益川敏英先生が選ばれたのは久しぶりの明るい、またすばらしい“事件”でありました。“事件”といいますのは、ふつうは国際的に高く評価される研究成果をあげている研究者は外国にしばしば行き、多くの友人を外国にも持っているというのが常識ですが、益川先生の場合には外国に1回も行ったことがないという、全く考えられない行動の人だったからです。
 そこでよく考えてみますと、アメリカのノーベル賞受賞者でヨーロッパや日本に行った/来たことのない人は、これまでにきっと1人や2人いたのではなかということです。ほんとうにすぐれた研究はどこにいても出来るということを示した良い例ということが出来るでしょう。
 日本の研究はこれまで世界のトップを行くものを数多く出しては来ましたが、一般的にいうと、アメリカ追従型といいますか、あるいはアメリカに対して少々の劣等感を持っていて、日本国内での成果の上に立って次を考えるとか、日本の他の研究者の成果を十分に評価するということをしてこなかったように感じられます。しかし益川先生の例だけでなく、自分の考え方を貫いて研究をして来た人の成果は世界でよく評価されるということが最近では徐々に出て来ており、そのような研究態度の正しさが広く分って来たのではないかと思われます。これは概念的に分っているというのでは不十分で、それぞれの研究者の身についたものとして分っていなければならないわけです。
 今日では外国へ行って研究したり、成果発表をしたり、外国人と付き合うのは日常茶飯な時代になって来ましたから、日本であるとか外国であるとかの区別を意識せずにやれるわけで、結局自分がいかに自信をもって自分に深く沈潜し、考えるかということにつきるわけであります。そのためには現代はあまりにもやかまし過ぎ、忙しすぎ、静かな時間を持つことが難しく、これは何とか変えていかねばなりません。
 こういったことは企業活動についても言えるわけで、小さな社会でもそのユニークな技術によって世界に広くマーケットを持っているというところがいろいろとあるわけです。これはまた日本という国についても言えることではないでしょうか。日本には非常に高度な技術をもつ伝統工芸がありますし、絵画や舞台芸術、茶道・華道はもとより、源氏物語をはじめとする多くの世界的な文学もあります。また、道元の仏教哲学などは非常にユニークで深い内容を持ったものであります。こういったことを今後の日本、あるいは世界のために生かすのは我々の責任であるわけです。
 何でも世界一を目ざすというのも悪くはありませんが、国民全体が精神的にも、肉体的にも健全で、ゆったりした生活、お互いに調和し平和的に生きることのできる“豊かな”社会を実現するということに目標をおいて、自分の身の丈を考えた活動をする日本というものを目ざすことの方がもっと大切ではないでしょうか。
 地球環境問題、エネルギー問題等深刻な問題がある中で、日本の人口が減って行くことについての大きな懸念がありますが、私はむしろ30年、50年先に人口が8000万人くらいになっても健全に活動していける日本というものの設計を今考えるべきではないかと思っています。けっして背伸びせず、世界のトップではないが、他国からうらやまれるような国というわけです。デンマークやスウェーデンなどはその範となる国ではないかと思われます。

 さて、国立国会図書館長という立場にいますと、いろんな方々とお会いします。国会議員もそうですが、出版界の方々ともよく話をする機会があります。今日はあらゆる企業が困難な状況にありますが、出版界は特に構造的な不況にあるといってよいでしょう。
 若い人々は、新聞を読まなくなっているといいます。昔とくらべて、たとえば京大周辺の新聞の売れゆきは全く減ってしまっているといいますし、多くの新聞社は赤字になりかけるという深刻な状況と聞いています。多くの人はインターネット上の電子新聞を携帯電話で読んですますといったことや、国民の政治への関心が減って来ていることや、テレビのニュースも殺人や詐欺など陰鬱な事件ばかりですし、他の番組もそれほど魅力のあるものがないといったことで、これからのメディアのあり方が問われているわけです。
 同様のことが出版界でも起っていて、年間に8万点という出版があるにもかかわらず、出版界全体での売り上げがピーク時の2.5兆円から2兆円程度まで下って来ているということです。まだまだ下っていく可能性があります。大都市の中心部に大型の書店が出る一方で、地方の小さな書店がつぶれて行っているともいいます。これに拍車をかけているのが携帯文化でしょう。電車の中でも本を読んでいる人はごく少数なのに対して、ほとんどの人は携帯電話で何かしているというわけです。
 子ども達の読書ばなれは将来の日本にとって大きな問題であるということから、昨年国会において2010年を国民読書年と定めて読書のすすめを国として行うことを決めました。どのようなキャンペーン行事を行うかはこれから立案していくことになるわけですが、図書館界においても大いに読書をすすめる活動をするべく検討中であります。洛友会の皆様方におかれましても今年、来年とより一層の読書に心がけていただければと存じます。
 経済のどん底の年こそ、静かに耐えて実力を蓄える年でありたいものです。

 


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