会員寄稿(3)
洛友会会報 225号


仕事における本物、偽物 −アドヴィックスと私(その2)−

酒井 和憲(昭55年修・中部支部)

<はじめに>
 昨年4月号では、私の経歴を振り返り、「人生の頂きを目指す途中で色々な道がある。高みに来れば同じような世界が待っているので、今の自分の道を大切にし、かつ楽しもう」という事を書いた。幾つかご意見を頂いたが、私自身、昨年から経営者として会社全体を見るようになり、多くの人が組織との関わりで苦労していると感じ始めた。自分と組織の矛盾に悩むことも多い。社会あるいは自分が属する組織との関わりについて考えてみた。

<会社の力とは>
 会社の力には設備やブランド等の財産に起因するものもあるが、基本は社員(個人)が発揮する力の総和である。しかしながら、力はベクトルであるので、総和が総量とは限らない。切磋琢磨ではない社内の意見の違いにより、仕事がなかなか進まない場合は、力が消耗されてしまい会社の力とはならない。一方、社員が持つ能力が発揮され成長していく事が、会社の成長にも大きく繋がっている。個人と組織の矛盾を考えてみた時、どうやら仕事にも本物と偽物があるのではないかという考えに辿り着いた。

<仕事の偽物と本物>
 「現地・現物」や「全員参加」はトヨタグループでよく使われるキーワードであるが、ここに偽物と本物が入り混じる事がある。「現地・現物」とは現地を視察して評論する事ではなく、現地現物で起こっている事を自らの事として考える事である。また、「全員参加」とは課題を全員にばら撒く事ではなく、全員の知恵が集まるようにする事である。
 例えば、偽りの危機感は現状満足より有害である。何かしなくては、とにかく動け、と全員に仕事がばら撒かれる事がある。結果的に何も進まない事は現状満足と同じだが、組織を疲弊させてしまう分だけ、より有害と言える。
 「自ら考える」という現場力は、先輩から後輩に伝えられる世代間の贈り物であると思う。上の世代が下の世代の現場力を育てず、目先の仕事の効率ばかりを求めることは、当面は良いかもしれないが、長い目で見て損失であり、未来からの搾取に等しい。
 偽物は本物と似ているから厄介である。偽物と本物を区別するのは何であろうか? それは仕事の前提となる状況と人の心である。
 偽物の仕事の中には、昔は本物だったものが多い。状況の変化に対する修正が行われず、形だけが横行する場合がある。硬直化した予算も同じで、状況が変わっても同じ予算では問題だ。昨今の変化の大きい経済環境下では特に顕著で、予算ばかりを守って目的が達成されない事態は避けなければばらない。
 当初は良かったものがだんだん偽物になっていくメカニズムがある。一旦評価されるとそれを手段として進める事が正しくなって、いつの間にか手段が目的に取り違えられるのである。また、その実態の多くは、全体を考えず各自の保身の心から生じる仕事である。
 これを防ぐのは、今その仕事は本質か? 本当は何がしたいのか? それはどんな役に立つのか? と言う問いの心である。トップは皆がそのような問いの心を持っているかを常に注視する必要がある。偽りの仕事でも「やっておけば良い」の裏には逃げの気持ちがあるはずだ。これが蔓延した組織は病んでおり、治さなければいけない。

<武道の型とマニュアル>
 剣道や柔道など、武道を教えるのに型と言うものが使われる。これは初心者に対して体で覚えこませると同時に、型を基準として自ら考えさせようと言うものである。武道では試合と言う実践があるため、型のみを目標とする事はまず無い。
 しかし、会社の業務マニュアルではこれが目的化する事がある。マニュアルに従えば良いと言う考え方で、これは仕事に対する向上心の無さから現れる。特に若手の即戦力化がマニュアル遵守であると、彼らの考える力を奪った結果、長期的には望む戦力にならない可能性が高くなる。

<若い世代に、我々50代がなすべき事>
 今、日本は明らかに途上国に追い上げられている。ここで一番気になるのは、最近の若者世代の弱体化だ。これは我々の所為ではないだろうか。我々が彼らにできる事があるのではないか。
 1990年代、我々の世代が中堅であった頃、仕事の質が大きく変わった。図面が手書きからCADに変わり、実験の多くがシミュレーションになった。最も大きい変化は、グローバル化など仕事の複雑化、規模の拡大、その結果、業務が細分化されてしまった事である。
 我々の世代は、全体を見ながら仕事する事を先輩から教えられた。だが、我々は先輩から受け継いだものを後輩に渡し忘れていないだろうか。効率化を言い訳にする事があるが、短期の効率が長期の効率を阻害する事になっているかもしれない。
 我々の世代は社会に出て先輩にしっかり鍛えられてきた。しかし、今の若者世代は社会で十分鍛えられていない。その世代がさらに若い世代を育てていく事になれば、弱体が伝播してしまう。我々は若者を鍛えることに消極的であってはならない。国の将来は我々の手にも依存していると言う事を忘れないようにしたい。「日本には技術はあるが政策が無い」と政府を批判しているだけではいけないはずだ。
 若い人と話す時に「私と伸び率で競争しよう」とか「今の仕事に対する考えを教えて欲しい」とよく言っている。直接の実務をやっている若手は、物の本質をつかむ事が多い。そういう意味で上司と対等に競争できる。
 若い人たち、上司ともっと話そう。仲間の上司でもいい。話に乗ってくれるタイプの人は、君が直属の部下でなくても喜んで付き合ってくれるはずだ。

<まとめと結び>
 仕事の本物と偽物を区別するのは心であり、その良否は状況で変わる。これは上司でも部下でも仲間に関しても同じ事の様である。偽物が来たときに、ババ抜きのように他人に渡していく集団は心の貧しい社会である。偽物を自ら正し、本物にしていくなら、たとえ状況は苦しくとも豊かな集団であると思う。一人一人が道を楽しむと同時に、チームの一員として仕事の本物と偽物を区別していきたい。
 前回同様、日ごろ漠然と考えていた事を寄稿の機会にまとめさせていただいた。あらためて感謝すると共に、読者のご参考になれば幸いである。



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